好きなことを仕事にする/仕事を好きになる

思考の流れを書いてみようという実験です。

そもそも、世界にある課題のほとんどは「正解が無い」ものですから、じゃあどうやって Better に近づけていくか、という思考の繰り返しだと思います。思考停止したら危険なご時世でもありますし。

で、前回の本Blogで書いた「プランナーってライフスタイルなんじゃないか」というコトについて、考えてみました。
先輩方にコメント頂いて、そうだよなあ……と考えたその流れでもあります。

あと、普段使う言葉って大事だなあと。
そもそも言葉を使う仕事なんだから、ネガティブな言葉は書いたり口にしたりしないほうがいいなあと思います。いい言葉を使えばいいものが寄ってくる、のではないかと。

1.好きなことをしてるから遊んでる、わけでもない

僕のメインの仕事はゲームの企画書/仕様書の制作、ゲームシナリオや各種テキストの制作、です。会社には所属していない個人事業主で、フリーのゲーム開発者というやつです。

時々言われる「好きなことを仕事にしてる」というやつなのかもしれません。
(ゲームは大好きなんで、ある程度、好きなことやってる自覚はあります)

僕はゲーム=嗜好品だと思っています。
趣味嗜好の品。無くてならないものというよりかは、好きな人が手にとって愉しむもの。あると生活が豊かになるもの。タバコとかお酒とかコーヒーとか、そっちに近いイメージです。

だから、大前提として「その品そのものが好き、あるいは興味がある」人が作っているものだと思ってます。
好きとか興味の程度は人それぞれですけれど、「興味がない」となると、仕事として=お客様に喜んで貰うために頑張る、のはしんどいのではないかと。

興味はムリヤリ持たせられないので、色んなものを体験して、衝撃を受けるのが良いのかなと思ってます。体験大事。

2.仕事って何だろう、という課題への1つの解答

誰かを楽しませて、笑顔にして、その対価として報酬をいただくこと。

……ではないかと思っています。
そう思ったのは30歳過ぎてディレクションっぽい仕事をしてからですが。

学校を卒業してすぐの頃は「仕事=お金のため」でしたし、しんどいことを我慢して、その代わりに給料をもらうものだって思ってました。だって会社員の大人、みんな辛そうに見えたから(24歳の頃)。

同じ頃、外注ライターもしていたんですが、それがメインの仕事にはならないなあきっと、と思ってました。文章を書いて生きていくとか、「どの会社に入ったらいいかわからなかった」から。それに「才能のある人だけが作家とかライターとかになれる」と思ってて、ゲームクリエイターも同様だと思ってました。

20代の自分にとって、仕事って「基本嫌なこと」で、文章を書くのは「楽しいこと」だから、仕事ではない思考だったんだと思います。今思うと謎ですが。

才能って「どれだけ努力したか」ってことなんだと気づくのはもっと後のこと。振り返ってみると、すごいプログラマーさんやすごいライターさんはどなたも「手を動かす量」と「勉強する量」と「思考する量」が半端なかったです。
日常もずっと考えてますし、暇さえあればコード書いたり、本を読んだりしている。もう、ほんとにライフスタイルだと思います。

外から見たら成功したものしか見えないけれど、その成功の横には山のようなボツネタや失敗がある、というのを知るのも、30歳過ぎてからでした。
気づくのが早くはないけれど、実感できて良かったと思う1つです。

3.スタートには熱量が要る

だから強いて言えば、才能=続けられること、だと思います。
もっと言うと「ついやっちゃうこと」が「才能」に近いところにあるのかな、とも思います。しんどいことは続けにくいと思います。

じゃあ自分はなんでゲーム作ろうとして、作り続けるかというと。
ドラクエIIIをプレイして、ラストのフィールドに降り立ったときのBGM、ラストダンジョンで出会う○○、ラスボスの戦闘前の台詞、そういうものに衝撃を受けて、「自分でも作ってみたい、誰かに驚いて、感動して欲しい!」って感じたからだと思ってます。

たまたま僕はそれがゲームだったりゲームシナリオだったりしたから、そっちの方向に向かったわけで。

スタートは「衝撃」とか「感動」とか、なんらかの体験で心が動くことだと思います。ずーっとそれのことを考えてしまって、熱に浮かされたようになって。

一目惚れ、みたいな。

4.熱に浮かされたまま走る

だから、時間をいくら使っても惜しくないし、むしろほっとくといつまでもやってしまうようなもの。

スタートはこの体験が必要だと思います。
たぶんこれがないと、そもそも一歩目が出にくいと思います。

で、走り出したら「なんだかしんどい」になるかもしれないし「見ている方が好き」になるかもしれないし。

運良く──ほんとうに運良く、走り続けることができたら、どこかの段階で

なにか作りたい! → 作った物で誰かに喜んで欲しい!

になったんだと思います。

で、作った物が誰かに届いて、その人からお礼を言われたりしたら、もうライフワークになっちゃうしライフスタイルになっちゃうし。
あと楽しい。

自分で「これだなぁ」ってなるまで、どれくらいかかるかは人によるとおもいます。いきなり出会うこともあるし、十年、二十年かかるかもしれないし。
(だからといって「しんどい」のを我慢して続ける、というのは違うと思っています。その判断は、自分しかできないですし)

僕は17年やって、一周して戻ってきました。で、ライフスタイルになったんだと思います。
今もゲームをプレイするのは好きですし、ゲーム作るために技術を知るのは楽しいですし、それは仕事の時間とかプライベートの時間とか関係ないです。
作っている人と話すのもめっちゃ楽しいです。

衝撃を受けて、自分が作っているものがどんな魅力的なものか体感しているから、でしょう。まだ自分の理想とするものは生み出せていないけれど、だからこそ吸収して作って、を繰り返すんでしょうし。

5.仕事にすること

で、いいものを作るというだけでは仕事にできません。
ちゃんと知らせて、届けないと「作っただけ」になっちゃいますから。

なにより、作ったものへの責任が発生します。対価を頂く前提で、ものを作って届けるわけですし。いくら好きなことをやってるとはいえ──いや、だからこそ、自分は納得できるクオリティのものを届けたい。

続けているうちにもっと好きになっちゃった、という感じ。

・すごい体験をした(スゴイ人に会った、でも良いと思う)
・最初は「なんかすごい!」とか「やってみたい!」という勢いだけ
・でも興味はあるからなんとか続けられた
・対象を(僕はゲームを)観察したり分析したりするように
・続けているうちに興味が深まったり好き度があがったり
・ずっとやってても平気になった

……みたいなことかと。

で、どれが自分に合うかは人それぞれなので、とにかくいろんなことやってみるのがいいかなと思います。
「プログラミング」だと広すぎるので、コード書くのか設計するのかサーバ立てるのか……とか、いろいろ。
ゲーム開発もいろんなセクションがあります。

で、やってみて「なんか違う」と思えば、同じジャンルの中ですこーしだけずらしてやってみたりとか。

いいじゃん失敗しても(と、今なら思います)。
そのための会社だったりフィールドだったりもするわけですから。

いい仕事して、誰かを笑顔にして、報酬もらえれば、
きっと楽しいはず。